ようやくブログでも旅の終わりを迎えました。
これまでに書いた記事は438本。
実際に旅を終えたのが1月11日なので、ちょうど半年遅れでブログもゴールです(笑)
少しでも追いつこうという気持ちは常にあったのだが、リアルが最優先なので仕方ない。。
今回の投稿で一応一区切りとなるので、少しだけ振り返ってみたい。
と思ったらめちゃくちゃ長くなったので、興味ある方だけどうぞ(笑)
-------------------------------------------------
地球に生まれたからには世界を知らなくてはいけない。
地球規模で物事を考えられる男になる。
とにかく行ったことがない場所に行ってみたい。
美しい景色をたくさん見たい。
世界の色んな人に会ってみたい。
とにかく毎日ワクワクしていたい。
よく「なぜ世界一周に?」と聞かれるけど、こんな単純でふわっとした気持ちを満たすためでしかない。
大学生の頃にこんなことを考え、「いつか近いうちに世界一周をする!」と懲りもせずに機会を狙ってきた。
お金と時間があれば誰でもできるものと思っていたので、あとはタイミング次第だった。
最初のチャンスは大学4年の後期。
卒業するためには単位がまだ必要だったが、授業に一切出なくとも卒業を勝ち取れると信じ、半年間を自由に使おうと思った。
大学時代は毎年何か一つはやり遂げると決めていて、最後の機会を活かしてさっそく世界一周に行こうと考えた。
しかし、時間はあるがお金が全くない。
そして、気づいた。
俺はまだ関東からさえまともに出たことがない。
まずは日本を知りたい。
というわけで「所持金0円からの日本一周」を敢行。(くわしくはこちらのブログ)
おそらく日本初(?)自分のお金を一切使わずに日本を旅して、無事に47都道府県を制覇して帰還。
なんとか大学の単位も勝ち取って無事に卒業した。
一度は多くの人が働くシステムの中に入ってみたいということで新卒でサラリーマンになる。
これがまたいい経験だった。
多くの人が絡み合う世界の中でどう生きていくかを学んだ。
不合理、不条理、矛盾当たり前の世界を初めて知り、それが面白くもあると思えた。
ただ、このまま続けていくという選択肢はなかった。
もっと違う世界がある、もしくは作れるはずだ。
ここで、20代のうちに世界に出たいという気持ちが強くなる。
いつ死ぬかわからない。目の前にある世界の中でこのまま死んでいいのか?
後悔しない選択とは?
…与えてもらった分以上のことはして、サラリーマンをさっさと卒業することを決意。
2013年1月に会社を辞める。
3月にまずは東南アジアへ。
一旦日本に戻り、2013年10月12日に世界一周を正式にスタート。
それまで一人で海外なんて行ったこともなかったのに、結局会社を辞めてからの約3年間をほとんど海外で過ごした。
最初は1年くらいのつもりだったんだけど、、、
だいぶ長引いてしまった(笑)
最終的に旅を終わらせたのは2016年1月11日っていう(笑)
旅の間は自分の「生き方」に焦点を当てた。
何か目立つことをするわけでもなく、何かを周りに訴えることもなく、とにかく「自分を中心」に旅をした。
旅のテーマが
Feel my heart. Follow my heart.
自分の心と向き合った。
「青春の日々」だった。
興味ある事をやり続け、興味ないことでもとりあえずやってみた。
新しいことを知る毎日。
好きな人と行動を共にし、一人になりたいときは一人で旅をする。
気の合う仲間とたくさん出会い、時に恋もするし、別れもある。
楽しいことばかりでもなく、時に悲しいこともあるし、つらいこともある。
毎日が違う日々だった。
明日は何があるかワクワクドキドキした。
旅をするうちに自然と自分の好き嫌いを答えられる幅が増えた気がする。
言葉、習慣、人間、食べ物、芸術、音楽、宿、服、お酒、、、
いろんなジャンルで「こだわり」とまではいかないけれど、「自分の心動く瞬間」が少しずつわかってきた気がする。
そして、自分が自然体でいられる場所というのは意外と多くあると知った。
世界にはとんでもなく壮大な景色があった。
何度驚き、鳥肌が立って、胸が熱くなったか。
あのジワーッと胸が熱くなる感覚は日本だとなかなか味わえない。
テレビや本の世界が目の前に広がり、あ、俺地球に生きてるんだなって思った。
世界には色んな人種がいて、習慣があって、宗教があって、異なる言葉がたくさんあって、食べるものも食べ方も様々だ。
「違う」ことが当たり前。
宗教とか最初意味わからなかったけど、多くの人々が大切にしていることを知った。
生まれた場所によってこんなにも環境が変わるのかと、いい意味でも悪い意味でも思い知らされた。
人は平等ではない。
そして、「違い」が時に「差別」となり、「争い」になる現実もたくさん見た。
命の重さも違う。
危険と隣り合わせな場所は世界にたくさんある。
やるかやられるかの世界がある。
いろんな思惑が交差して、一人の力ではどうしようもない世界がある。
あきらめなければいけないことはたくさんある。
けれども、どんな環境でも一つだけ言えるのは、「人は常に生きる喜びを求めている」ということ。
これだけは誰もが「同じ」だと思う。
旅をしている中で大きく意識したことがある。
「日本」
そして、
「日本人」
やはり生まれ育った環境というのは変えられないし、これからどこでどう生きていこうにも一生背負っていく存在。
グローバル社会といいながら、やっぱり自分の育った場所の習慣や考え方は必ず染みついている。
国がある限り「日本人」として見られ、ひとくくりにされてしまうのは当たり前だ。
そして、何をやるにも考えるにも自分が比較するのはやっぱり「日本」になる。
自分は日本が好きだし、この国の発展が世界で役立つと信じている。
色んなものに触れる中で常に比較していった「日本」。
海外において「日本」はどういう存在なのかもっともっと知りたくなった。
そこで始めたのが「Heart of Japan」プロジェクト。
海外で流行っている「日本」の物や人を通じて、日本の魅力とは何かを探っていった。
実際に現地で自分が見聞きし、時に地元で成功している日本人にインタビューをしたり、アンケートを取っていった。
せっかくだから他の人にも知ってもらおうと、作ったこともなかったウェブサイトも作ってみた。(サイトはこちら。)
これがなかなか面白くてはまっていった。
日本では当たり前と思っていたことが実はすごく魅力的だと思えることがたくさんあった。
もっと世界に伝えようよ、いいものいっぱい持ってるのに!
って思った。
かなりの時間を割く必要が出てきて、正直、旅と両立するのが大変だった。
ただ、それでも続けてよかった。
海外でその国のため、そして日本の未来のために必死で戦っている人々からもらった魂の言葉はすごく胸に刺さった。
自分なりに次の道筋がざっくりと見えた気がした。
そうそう、話は一気に変わるが、
今書いているこのブログがもとで思わぬ成果が出たのもいい思い出。
日々ブログを書いてきたのだが、
その記事をもとに作った旅行記があるウェブサイトのコンテストで賞を取れた。
さらに第二回目には友人の最優秀賞受賞を導くこともできた。
このブログ自体はあくまで生存報告と記録のためにやっていて、目立ったり面白おかしくするつもりは一切なかったのだが、
こうして第3者から評価される記事も作れるという自信につながった。
地味にうれしかった。
旅がアジアに入った頃、そろそろ日本に帰ろうかと思ってきた。
「自分」に焦点を当て続けてきた今回の旅だが、次のステップに行きたくなっている「自分」がいた。
そして、777日ぶりに日本へ戻る。
と思ったら、前述のコンテストの副賞でいただいた航空券で北欧へ。
全力で走りきった後で、しかも安全な北欧で力を抜いて旅ができた。
クールダウンにはもってこいの旅だった。
オーロラの爆発を見た時に、「あ、もう旅は終わりにしよう」ってすっと感じたのを今でも覚えている。
もう旅はやり切った。
今年の1月にようやく全ての旅を終了させた。
3年間は長いようであっという間だ。
本当に早かった。
長くなったので次の記事に続く。
これまでに書いた記事は438本。
実際に旅を終えたのが1月11日なので、ちょうど半年遅れでブログもゴールです(笑)
少しでも追いつこうという気持ちは常にあったのだが、リアルが最優先なので仕方ない。。
今回の投稿で一応一区切りとなるので、少しだけ振り返ってみたい。
と思ったらめちゃくちゃ長くなったので、興味ある方だけどうぞ(笑)
-------------------------------------------------
地球に生まれたからには世界を知らなくてはいけない。
地球規模で物事を考えられる男になる。
とにかく行ったことがない場所に行ってみたい。
美しい景色をたくさん見たい。
世界の色んな人に会ってみたい。
とにかく毎日ワクワクしていたい。
よく「なぜ世界一周に?」と聞かれるけど、こんな単純でふわっとした気持ちを満たすためでしかない。
大学生の頃にこんなことを考え、「いつか近いうちに世界一周をする!」と懲りもせずに機会を狙ってきた。
お金と時間があれば誰でもできるものと思っていたので、あとはタイミング次第だった。
最初のチャンスは大学4年の後期。
卒業するためには単位がまだ必要だったが、授業に一切出なくとも卒業を勝ち取れると信じ、半年間を自由に使おうと思った。
大学時代は毎年何か一つはやり遂げると決めていて、最後の機会を活かしてさっそく世界一周に行こうと考えた。
しかし、時間はあるがお金が全くない。
そして、気づいた。
俺はまだ関東からさえまともに出たことがない。
まずは日本を知りたい。
というわけで「所持金0円からの日本一周」を敢行。(くわしくはこちらのブログ)
おそらく日本初(?)自分のお金を一切使わずに日本を旅して、無事に47都道府県を制覇して帰還。
なんとか大学の単位も勝ち取って無事に卒業した。
一度は多くの人が働くシステムの中に入ってみたいということで新卒でサラリーマンになる。
これがまたいい経験だった。
多くの人が絡み合う世界の中でどう生きていくかを学んだ。
不合理、不条理、矛盾当たり前の世界を初めて知り、それが面白くもあると思えた。
ただ、このまま続けていくという選択肢はなかった。
もっと違う世界がある、もしくは作れるはずだ。
ここで、20代のうちに世界に出たいという気持ちが強くなる。
いつ死ぬかわからない。目の前にある世界の中でこのまま死んでいいのか?
後悔しない選択とは?
…与えてもらった分以上のことはして、サラリーマンをさっさと卒業することを決意。
2013年1月に会社を辞める。
3月にまずは東南アジアへ。
一旦日本に戻り、2013年10月12日に世界一周を正式にスタート。
それまで一人で海外なんて行ったこともなかったのに、結局会社を辞めてからの約3年間をほとんど海外で過ごした。
最初は1年くらいのつもりだったんだけど、、、
だいぶ長引いてしまった(笑)
最終的に旅を終わらせたのは2016年1月11日っていう(笑)
旅の間は自分の「生き方」に焦点を当てた。
何か目立つことをするわけでもなく、何かを周りに訴えることもなく、とにかく「自分を中心」に旅をした。
旅のテーマが
Feel my heart. Follow my heart.
自分の心と向き合った。
「青春の日々」だった。
興味ある事をやり続け、興味ないことでもとりあえずやってみた。
新しいことを知る毎日。
好きな人と行動を共にし、一人になりたいときは一人で旅をする。
気の合う仲間とたくさん出会い、時に恋もするし、別れもある。
楽しいことばかりでもなく、時に悲しいこともあるし、つらいこともある。
毎日が違う日々だった。
明日は何があるかワクワクドキドキした。
旅をするうちに自然と自分の好き嫌いを答えられる幅が増えた気がする。
言葉、習慣、人間、食べ物、芸術、音楽、宿、服、お酒、、、
いろんなジャンルで「こだわり」とまではいかないけれど、「自分の心動く瞬間」が少しずつわかってきた気がする。
そして、自分が自然体でいられる場所というのは意外と多くあると知った。
世界にはとんでもなく壮大な景色があった。
何度驚き、鳥肌が立って、胸が熱くなったか。
あのジワーッと胸が熱くなる感覚は日本だとなかなか味わえない。
テレビや本の世界が目の前に広がり、あ、俺地球に生きてるんだなって思った。
世界には色んな人種がいて、習慣があって、宗教があって、異なる言葉がたくさんあって、食べるものも食べ方も様々だ。
「違う」ことが当たり前。
宗教とか最初意味わからなかったけど、多くの人々が大切にしていることを知った。
生まれた場所によってこんなにも環境が変わるのかと、いい意味でも悪い意味でも思い知らされた。
人は平等ではない。
そして、「違い」が時に「差別」となり、「争い」になる現実もたくさん見た。
命の重さも違う。
危険と隣り合わせな場所は世界にたくさんある。
やるかやられるかの世界がある。
いろんな思惑が交差して、一人の力ではどうしようもない世界がある。
あきらめなければいけないことはたくさんある。
けれども、どんな環境でも一つだけ言えるのは、「人は常に生きる喜びを求めている」ということ。
これだけは誰もが「同じ」だと思う。
旅をしている中で大きく意識したことがある。
「日本」
そして、
「日本人」
やはり生まれ育った環境というのは変えられないし、これからどこでどう生きていこうにも一生背負っていく存在。
グローバル社会といいながら、やっぱり自分の育った場所の習慣や考え方は必ず染みついている。
国がある限り「日本人」として見られ、ひとくくりにされてしまうのは当たり前だ。
そして、何をやるにも考えるにも自分が比較するのはやっぱり「日本」になる。
自分は日本が好きだし、この国の発展が世界で役立つと信じている。
色んなものに触れる中で常に比較していった「日本」。
海外において「日本」はどういう存在なのかもっともっと知りたくなった。
そこで始めたのが「Heart of Japan」プロジェクト。
海外で流行っている「日本」の物や人を通じて、日本の魅力とは何かを探っていった。
実際に現地で自分が見聞きし、時に地元で成功している日本人にインタビューをしたり、アンケートを取っていった。
せっかくだから他の人にも知ってもらおうと、作ったこともなかったウェブサイトも作ってみた。(サイトはこちら。)
これがなかなか面白くてはまっていった。
日本では当たり前と思っていたことが実はすごく魅力的だと思えることがたくさんあった。
もっと世界に伝えようよ、いいものいっぱい持ってるのに!
って思った。
かなりの時間を割く必要が出てきて、正直、旅と両立するのが大変だった。
ただ、それでも続けてよかった。
海外でその国のため、そして日本の未来のために必死で戦っている人々からもらった魂の言葉はすごく胸に刺さった。
自分なりに次の道筋がざっくりと見えた気がした。
そうそう、話は一気に変わるが、
今書いているこのブログがもとで思わぬ成果が出たのもいい思い出。
日々ブログを書いてきたのだが、
その記事をもとに作った旅行記があるウェブサイトのコンテストで賞を取れた。
さらに第二回目には友人の最優秀賞受賞を導くこともできた。
このブログ自体はあくまで生存報告と記録のためにやっていて、目立ったり面白おかしくするつもりは一切なかったのだが、
こうして第3者から評価される記事も作れるという自信につながった。
地味にうれしかった。
旅がアジアに入った頃、そろそろ日本に帰ろうかと思ってきた。
「自分」に焦点を当て続けてきた今回の旅だが、次のステップに行きたくなっている「自分」がいた。
そして、777日ぶりに日本へ戻る。
と思ったら、前述のコンテストの副賞でいただいた航空券で北欧へ。
全力で走りきった後で、しかも安全な北欧で力を抜いて旅ができた。
クールダウンにはもってこいの旅だった。
オーロラの爆発を見た時に、「あ、もう旅は終わりにしよう」ってすっと感じたのを今でも覚えている。
もう旅はやり切った。
今年の1月にようやく全ての旅を終了させた。
3年間は長いようであっという間だ。
本当に早かった。
長くなったので次の記事に続く。
0 件のコメント:
コメントを投稿
【初めてコメントされる方へ】
「コメントの記入者」は「名前/URL」を選択し、「名前」の欄を最低限記入すれば投稿できます。匿名をご希望の方は「匿名」を選んでください。
【Dear blog visitors】
Please leave a comment freely!! Choose 「名前/URL」 and fill your name in 「名前」 .